質のモニタリング

はじめに

陸域への大気からの物質のインプットは、あまみず (雨や雪など;湿性降下物) や乾性沈着によりもたらされます。陸域へ負荷された物質は、陸域での変化をもたらします。また、アウトプットの経路として森林・土壌・渓流水・河川水が挙げられます。これらの関係を継続的に把握することは陸域生態系での物質循環や流域生態系の変化、水域生態系の変化を特徴づけるために重要です。

大気環境の変化をもたらす要因としては、人為由来のものと、自然由来のものがあります (図1) 。また、そのソースも広域的なものと地域的なものがあります。広域的な要因としては中国大陸からの長距離輸送 (永淵、2001) 、地域的な要因としては工場などの固定発生源、自動車などの移動発生源からの排出由来があります。また、直接発生源から排出されたものだけでなく、発生源から排出された物質が大気中で紫外線などに反応して生成される二次生成大気汚染物質物(オゾン、PM2.5など)があります。

大気からの物質のインプットとその影響について、見ていきましょう。

図1 陸域への物質のインプット模式図

参考文献:
永淵 修 屋久島における大陸起源汚染物質の飛来と樹木衰退の現状 日本生態学会誌, 50, 303-309, 2001.

富士山で大気汚染物質の長距離越境輸送を観測する

まず、広域的な要因として挙げられる、長距離越境輸送についてみてみましょう。

長距離越境輸送される大気汚染物質の現象が現れやすい場所として、自由対流圏 (高度が1,000 m 以上) があります。そこで、長距離越境輸送現象を観測するために、富士山を"観測タワー"とみたて調査を行いました。

ここでは、水銀をトレーサーとして検討を行いました。世界における水銀の主な人為排出源は石炭燃焼と小規模金採掘活動です。中国では、民生用および工業用として石炭が多量に使用されるため、水銀の大きな排出源であるといわれています。中国の風下にある我が国ではその影響がみられるのでしょうか?

2009年夏季、富士山の2,230 mから3,376 m までの複数の地点に調査地点を設け(図2)、徒歩で富士山の登山道を行ったり来たりしながら、大気中水銀濃度を合計5回観測しました。その結果、大気中水銀濃度が標高毎で差がなく、北半球での清浄な地域の水銀濃度 (1.5ng/m3程度) である場合 (図3・#1イベント)と、標高があがるにしたがい水銀濃度が上昇する場合(図3・#3イベント) がみられました。

この濃度差がなぜ生じたかを、後方流跡線解析を用いて検討しました。後方流跡線解析とは、観測時の大気がどこからやってきたものかを時間を遡って表せるモデルです。その結果、高濃度が観測されたときの大気は、人為的な活動が大きい中国の大都市や沿岸部を低標高で比較的ゆっくりと大気が通過していたことがわかりました。

このように富士山での標高別の観測結果から、長距離越境輸送される大気汚染物質の現象を見ることができました。


図2 富士山での調査地点

図3 富士山標高別の大気中水銀濃度

参考文献:
木下 弾, 永淵 修, 中澤 暦, 横田 久里子:自由対流圏における大気中水銀の起源と輸送経路の関係-富士山体における観測-、環境科学会誌 29 (6), 275-282 (2015).

樹氷成分から長距離越境輸送を考える

長距離越境輸送の痕跡は、樹氷中の成分を調べることでもその証拠を捕まえることができます(図4) 。人為的な活動が盛んな中国の都市部を通過した気塊に含まれる過冷却水滴が九州の山岳部の岩や樹木に衝突し、着氷した樹氷には、高濃度に水銀が含まれます。また、樹氷中の窒素酸化物と硫黄酸化物の比 (S/N比) をみると1990年代では0.1から0.3であったのに対し、近年では 0.8から0.9になっていることがわかってきました。S/N比の変化は降水中の成分でも見られています。Sの排出量が2000年代後半からの排出源での脱硫装置の導入で頭打ちとなった一方で、自動車保有台数が 2000年以降増大したことによって、Nの排出量の増加の影響が表れた、と考えられます。

こういった現象は一体いつ頃から見られたのでしょうか?過去の環境変動の情報を得るための媒体として、湖沼堆積物をはじめとした海洋堆積物、年輪、鍾乳石、氷床コアなどが挙げられます。

参考文献:
永淵 修:樹氷中成分から見た環境変遷・長距離越境大気汚染を身近な現象からみる 青淵 791,17-19.
藤田慎一:日本列島における陸水のNO3-/SO42-濃度比の経年変化、大気環境学会誌 48 (1) 12-19 (2013).
中澤 暦・堀江清悟・永淵 修・尾坂兼一・西村拓朗:琵琶湖北部の森林流域から流出する硫酸イオンの動態と起源解析、陸水学雑誌 76 11-23 (2015)
蒲生俊敬編集:環境の地球化学 地球科学講座 7 培風館 (2007).


図4 樹氷の着氷方向を確かめる

湖の底泥コアから環境の変遷をみる

過去の環境変動の情報を得るため、湖沼堆積物のコア (図5) を使って解析を行いました。湖沼周辺に人家、工場など人為的な活動があると、湖沼堆積物コア中の物質濃度に影響を与えます。私達が明らかにしたいのは、広域な大気から陸域への物質のインプットやその陸域での影響ですから、こういった人為的な活動の影響のない湖沼、つまり山岳湖沼を対象に調査を行います。ここでは、群馬県赤城小沼から採取した堆積物コアの解析結果を示します(図6)。人為的な汚染源の指標として球形粒子の炭素系球形粒子 (SCP) と無機系球形粒子 (IAS) を中心に解析を行いました。SCPは化石燃料燃焼の際に不完全燃焼により発生し、IASは化石燃料に含まれる無機物が高温燃焼の際に焼結し球形になったものです。環境中のIASの80%以上は石炭燃焼由来、と言われます。

コアサンプルの年代測定を行った結果とSCP、IASのフラックス(時間・面積当たりの重量)を図7に示しました。SCPのフラックスは1950年代から劇的に増加し、そのフラックスは日本のエネルギー消費の歴史とおおむね一致します。一方で、IASは1950年代からは緩やかに増加し、1970年代に急激に増加しIASとSCPのフラックスは異なりました。IASその殆どが石炭燃焼によってもたらされますが、日本においては、1970年台には、それまでの燃料の主役であった石炭が石油や天然ガスにシフトしました。経済活動における石炭の利用の割合は非常に小さくなっており、IASのフラックスは日本における経済活動の影響を受けたとは考えにくいことがわかります。後方流跡線解析の結果などから、1970年代に増大するIASのフラックスは、東アジアの急激な経済成長の影響を受けたことが示唆されます。

参考文献:
Nagafuchi, O., Rose.L. N., Hoshika, A., Satake, K. The temporal record and sources of atmospherically deposited fly-ash particles in Lake Akagi-konuma, a Japanese mountain lake J. Paleolimnology 42: 359-371 (2009).


図5 湖沼堆積物コアの例

図6 調査地の地図

図7 赤城小沼におけるSCPとIASフラックス

降水によって陸域へ負荷される物質の特徴を検討する

湿性降下物(あまみず)の観測は、大気境界層に属する沖縄、屋久島(西部タワー(図8 (a)))、福岡(福岡工大)、蒜山(鳥取大演習林)、琵琶湖流域と自由対流圏に属する屋久島(中央山岳部(図8 (c))、伊吹山、乗鞍岳(乗鞍観測所(図8 (b))、富士山で行ってきました (図8) 。降水を回収する装置は、ロートと貯水タンクを直結し、ある一定期間毎(たとえば、1降雨毎、1週間に一回、など)に回収する装置 (バルクデポジットサンプラー) がよくつかわれます。しかし、これでは、1降雨内での降水中の濃度の変動は知ることができません。また、調査地が遠方にあり、時間的・金銭的な面から赴くことができないときには、頻繁に降水を回収することもままなりません。そこで、一定の雨量毎に降水を回収できる機械を isco社の自動採水機を改造することで自作し、検討しています。この機械では、一定の雨量を雨量計が観測すると、貯留槽にたまった降水がポンプによってボトルに回収されます (図8 (c) (d)) 。

降水の洗浄機構にはレインアウトとウォッシュアウトがあります。レインアウトは雲の中で雨滴が生成され、成長する過程で大気中の物質を取り込むもの、ウォッシュアウトは雨滴が落下するときに大気中の粒子などが衝突して洗い落とすものです。また、降水にも、対流性の降雨など、いわゆる"雨の降り方"もその時々で異なります。このようにして降水を観測することで、さまざまな雨の降り方によって降水によって陸域へ負荷される物質の特徴を検討することができます。


図8 降水の観測地点と、観測のようす

大気に浮遊する物質が降水に取り込まれて地上に降り注ぐと

硫黄化合物は陸水の酸性化や生態系に被害を引き起こす大気汚染物質です。大気中に放出されたと考えられる硫黄化合物が降水とともに陸域に降り注ぎ、やがては渓流水となって流出します。

ここでは、硫黄化合物に着目してその動きをみてみましょう。調査は、琵琶湖北部の2森林流域(摺墨と朽木)で行いました (図9) 。摺墨には、 3小流域があり、朽木は2小流域があります。2流域の植生は、摺墨では50年生スギ人工林と落葉広葉樹林、朽木は15年生のスギ人工林と落葉広葉樹二次林です。母岩は硫黄成分を含まないので、基盤から硫黄化合物の溶出はないと考えられます。

降水と渓流水中の硫酸イオンを含むイオン成分の分析には、イオンクロマトグラフを用いました。渓流水中の硫酸イオンの硫黄同位体(δ34S)は、独自に開発した樹脂(2価の陰イオンを吸着する樹脂、硫酸イオンは2価の陰イオンである。)を詰めたメッシュバック(図10)を渓流水中に一定期間浸けておく方法を用いました。一般的に、δ34Sを観測するためには多量の水を必要とするので、徒歩でしか到達できないような渓流水中のδ34Sを観測するには困難が伴います。しかし、この方法を用いれば、多量の水をもちかえることなく観測ができます。

両地点の降水中および渓流水中の硫黄成分 (SO42-) の変動をみてみると、降水中のSO42-濃度に差はみられないのに対し、渓流水中のSO42-濃度では、摺墨で濃度が高く、朽木では低濃度で推移していることがわかります (図11) 。

この差は一体何に由来するのでしょうか?δ34S を用いてその起源を検討してみました。まず、摺墨・朽木流域の降水中のδ34Sが異なるか否かをみてみましたが、両流域に大きな差はみられませんでした(図12)。一方で、摺墨と朽木の渓流水中のδ34Sは、両流域で大きく異なりました。摺墨では日本国内のガソリン由来とされるδ34Sに近い値を示し、朽木では中国北部で使用される石炭を燃焼させたときのδ34Sに近い値を示しました (図13)。

参考文献:
中澤 暦・堀江清悟・永淵 修・尾坂兼一・西村拓朗:琵琶湖北部の森林流域から流出する硫酸イオンの動態と起源解析、陸水学雑誌 76 11-23 (2015)


図9 調査地点図

図10 メッシュバックにつめた樹脂を渓流水中に固定している様子

図11 降水量、降水および渓流水中の各濃度の変動

図12 摺墨と朽木の降水中と日本の石油燃焼由来、中国の石炭燃焼由来δ34S

図13 摺墨と朽木の渓流水中のδ34S

大気からもたらされた物質の陸域での影響

風化には、わかりやすい物理風化ともう一つ化学風化があります。化学風化とは降水など水が関係した化学反応によって母岩が分解、溶解する現象です。化学風化により一次鉱物(母岩)から安定な二次鉱物(粘土鉱物)に変質します。その時、水質も変化します。我々は、屋久島の渓流水で酸性降下物による化学風化について研究しています。一般的には、化学風化は、水中の二酸化炭素から生成したH+が一次鉱物をアタックし、二次鉱物に変化します。屋久島の渓流水中のアルカリ度とケイ酸の濃度から検討したところ、水中の二酸化炭素からできたH+だけでは説明できない濃度のケイ酸が検出されました。そこで、渓流水中の硫酸イオンからのH+を加えてケイ酸との関係をみるとうまく理論値を説明できました。このことは、屋久島の渓流水では化学風化に人為的な酸から生成されるH+が寄与していることがわかりました。つまり、人為的な酸の力が屋久島渓流水の酸性化に潜在的に寄与していることになります。 (図14)


図14 化学風化によりもろくなった屋久島の花こう岩

オゾンによる植物影響

最初に述べましたが、ガス状物質も大気から地上へ降下してきます。その代表物質の一つにオゾンがあります。オゾンには、オゾン層を破壊する成層圏オゾンと大気中の窒素酸化物と揮発性有機物(VOC)の存在下で紫外線によりオゾンが生成します。これを対流圏オゾンと呼びます。この対流圏オゾンが所謂、光化学オキシダントの主成分です。よく、成層圏オゾンは、善玉オゾン、対流圏オゾンは悪玉オゾンと呼ばれたりします。われわれは、この対流圏オゾンの植物影響についても研究しています。フィールドでは、オゾン濃度と森林枯損の関係、実験室では実際にオゾン発生装置により、樹木や草本にオゾン暴露して、その変化、根や葉の変化について調べています。(図15)


図15 オゾン暴露試験の準備をしているところ

さいごに

あまみずというと雨だけを想像するでしょうが、実は、空から地上に落ちてくるものは湿性降下物(雨や雪など)と乾性降下物(黄砂やPM2.5の粒子状の物質とオゾンなどのガス状物質)があります。この湿性降下物や乾性降下物にヒトや生態系に悪さをする物質が含まれていると様々なヒト健康リスク、生態系リスクを創出します。

あまみず社会研究センター(質のモニタリングの部分)では、このような問題を解決するために空(大気)からの汚染物質のインプット、その森林・土壌への影響そして渓流水へのアウトプットについていろんな角度から研究を行っています。最終的には、ヒトや生態系に悪さをする物質のリスク評価も行っています。

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