研究テーマ例
山岳および島嶼部における越境大気汚染物質の動態
近年、東アジア、特に中国の著しい経済発展により大気汚染物質の排出量がふえています。東アジアの東端に位置する日本はその風下側に位置することから、越境大気汚染の影響が心配されています。中でも九州の離島や高山では途中に障害となる物理的要素が少なく、さらに、大陸からの距離も近いことから、その影響は大きいことが示唆されます。
私達は越境大気汚染物質が運ばれやすいとされる地上1,000 m 以上の山岳調査地点を選定し大気や気象、降水の観測を行っています。多くの場合、商用電源のない、これらの地点は越境大気汚染物質の動態を検討するのに適していますが、一方で、常に電源供給の問題が付きまといます。また、調査地が、必ずしもアクセス性がよいとは限らないため、山用のザックに詰め込めるサイズの道具が必要になります。これらの道具も自作してきました。越境大気汚染の動態解析のために、水銀をはじめとして、粒子状物質、オゾンなどの調査を行っています。
越境大気汚染の状況を検討するために、樹氷中の成分の観測も行っています。樹氷と言えば蔵王が有名で、一冬中樹氷は木につき、成長する様子が見られます。一方で九州の山岳の樹氷は、寒気の到来とともにつき、寒気が去り、気温が上がることで樹氷は落ちてしまいます。せっかく樹氷を見に行って樹氷がついていなければ、あ~残念となるところですが、この特徴は越境大気汚染の状況を検討するには、好都合です。樹氷が付いたタイミングを特定できるため、採取した樹氷のなかの成分は、どのような空気が流れてきたときのものなのかという解析ができるためです。
屋久島にて、設置した装置の前で降水を採取する
環境試料から見る環境汚染の歴史の検討
環境試料から環境汚染がどのような歴史をたどってきたかについても検討を行っています。屋久島や霧島の年輪コアや、摩周湖、阿寒湖沼群、赤城小沼などの湖沼堆積物コアの解析を行っています。日本の山岳湖沼では、中国の経済活動の状況と一致するプロファイルが得られます。また、インドネシアの小規模金採掘活動由来の水銀汚染の影響がある湖沼でも堆積物コアを観測し、この湖沼堆積物コアのプロファイルが世界の金の価格相場と、小規模金採掘活動に使われる石油価格との関連がみられました。
持ち帰った年輪コアの水銀成分を測定する
モンゴル高原における地下水の飲料水利用とそのヒトへの健康リスク評価
地下水は乾燥地や遠隔地に住む人々にとって大切な水資源です。モンゴル高原でも地下水は人間のみならず、家畜にも生活用水・飲料水として盛んに利用されています。そのため、適正な地下水水質が保たれているのかを監視することが重要です。
私たちはモンゴル高原において、地下水水質を観測するだけでなく、遊牧民に対して、アンケートや聞き取り調査を行い、生活実態の把握にも努めています。調査結果から高濃度のフッ素が検出される場合が多く、現地では斑状歯とみられる症状も見られています。羊骨炭を利用しての地下水からのフッ素を除去する方法についても検討を開始しています。 (参考論文:Nagafuchi et al., Inner Asia, 2014, 中澤ら 草原と鉱石 (明石書店) 分担執筆, 2015, Nakazawa et al., J. Water and Health, 2016. ほか )
モンゴル高原の井戸。
浅井戸から深井戸までいろいろある。
生活の様子について聞き取り調査を行っているところ。現地の大学や民俗学者と共同で調査を行った。
井戸水からフッ素を除去するため羊骨炭を用いた方法を検討中。
降水中水銀の動態とその沈着量
水銀は、常温・常圧で液体である唯一の金属元素で、他の金属に比べ沸点が357℃と低いことから、気化しやすい性質を持っています。人為的排出源、自然排出源から大気中に放出された水銀はさまざまな形態として存在します。その最も割合が大きいと言われるのが、原子状のガス状水銀です。このガス状水銀は水への溶解度が低いことから、大気から除去されるのに1年~2年程度かかると言われます。そのため、地球上を循環する汚染物質としてとらえられています。
そこで、任意の降水量毎に採取可能な降雨採取装置をつくり、降水中水銀濃度の変動や、日本への沈着量を、越境大気汚染や気象の特徴と合わせて解析をおこなっています。調査地は、年間10,000㎜の降水が観測される屋久島中央山岳部、および乗鞍岳、福岡工業大学屋上などで行っています。
乗鞍岳での観測の様子
金精錬と水銀
金と水銀は容易にアマルガム (合金) を作ることから、その性質を利用して、小規模の金採掘活動が世界中で行われています。インドネシアは、この小規模の金採掘活動が盛んな地域の一つです。
聞き取り調査をすると、農作物を育てるのには数か月はかかる (土地の開墾を含めれば莫大な時間と資金が必要) のに対し、金は鉱石さえ取ってこれば、すぐにお金になると言います。水銀を使うことによる健康被害については、人々は薄々とは感じている場合もあれば、なにも知らない場合もあります。いずれにせよ、金採掘と自分たちの生活は密接にかかわっているという声が聞かれます。
金精錬では、砕いた金鉱石を水銀と水と混ぜあわせてアマルガム (水銀団子) を作り、最終的にはアセチレンバーナーをつかって水銀を大気中に揮発させて金を取り出します。このような場所では、人々は食べものを介してのみならず、呼吸によって水銀を取り込んでしまいます。大気中の水銀には色もにおいもなく、測定しなければ身の回りの大気が高濃度であるかを知ることができません。金精錬は家族単位で行う場合もあり、その実態解明および、水銀によるヒトへの健康や生態へのリスクを明らかにすることが重要となっています。水銀の規制を規定する、水俣条約も2017年8月に発効され、小規模金採掘活動由来の水銀汚染の実態把握、リスク解析、その対策が急務となっています。
私達はインドネシアをメインに、小規模金採掘由来の水銀汚染の実態把握、人々の生活様式についての聞き取り調査を通して、リスク評価を行っています。このように、現場観測を行いながら、その解決策についても検討を開始しています。 (参考論文:Nakazawa et al., 2016 Ecotoxicology and Environmental Safety, 永淵ら環境科学会誌 2018. ほか)
原料となる金鉱石。これからこの鉱石を細かく砕く
砕いて砂状になった鉱石を水と水銀と混ぜて半日程度かけて混合し、アマルガムをつくる
アマルガムを抽出して、最終的に水銀団子をつくる
アセチレンのバーナーで金アマルガムをあぶり水銀を飛ばす。場所によっては建物内で作業が行われる
得られた金。話をしてくれたおじさんによれば1日平均 4g の金が得られるとのこと